雑記

光っているとっておきの情熱をチルドしてく

名前をつけてやる

『私は太田光です。あなたの名前は何ですか?』自分の名を名乗らずに好き勝手なことを言う行為がまかり通る世の中。名前を言わない者の言葉は残念ながら「意見」ではなくただのノイズだ。名を名乗れ。名乗ることは人や物が初めにする「覚悟」だ。名前があり、初めて存在がある。第二回となるこの大会で、私は審査委員長として多くの「覚悟」を見ることになるだろう。今からとても楽しみにしている。

「日本ネーミング大賞 2021」公式WEBサイトがOPENしました。|一般社団法人 日本ネーミング協会

2021年の日本ネーミング大賞に審査委員長である爆笑問題太田光が寄せたコメント。

太田光と言えば、私が何年か前にまっちゃんを批判した直後に太田光が好きだという趣旨の発言をして一悶着起きかけたことがある。太田氏を褒めたことよりまっちゃんを批判してしまったことの方が原因なんだけど「太田を褒めるやつは大体お笑い以外のところで褒めてる」「太田を面白いと思ったことがない。あんなのお笑いじゃない」等々と松本人志甲本ヒロトが大好きなひとに言われふつうに涙目になった🥲

私は爆笑問題が絶えず披露する新ネタにいつも笑っているしゆるキャラをなぎたおしたり乱入して叫んでる太田光を面白いと思ってる。太田上田で話すエピソードトークなんかちょー面白いじゃん!だからこそ発言の節々にも力を宿せるんでしょ!お笑いじゃないってあんた、勝手にお笑いのルール決めて競技みたいにしたのはどこのだれだよ!なんて言い返すことはしませんでしたが💧とにかく太田光という人物は面白いからこそネタ以外の発言もひとつひとつが興味深い稀有な芸人だと思います。

話を戻しますけど、私はこのコメントに完全同意だ。

私がインターネット上で名乗らない理由はまだ覚悟したくないからに他ならない。

言葉を代えれば「まだ俺になる前の俺」でいたいから。

時速36kmの死ななきゃ日々は続くという曲に「まだ俺になる前の俺にしか言えない言葉があるのさ 探せ」というフレーズがあります。

自分の十数年間の人生を振り返ってみると、身体的にも精神的にも目まぐるしく変化していたと思う。

今の自分は半年後には全く変わっているかもしれない。数年後どうなってるかもわからない。そんな地に足のつかない状態だと、自分が自分自身であると胸を張って言える根拠が見つけられない。何か言っても数週間後には変わるかもしれないと思うと自分の言葉だとは思えない。

だから、私は名乗らない。〝自分はこうだ〟と確定させることでその存在が浮き彫りになる。その象徴が名乗るということなら、私はまだ自分ではない何かが言うことやすることをそのままの状態で知りたいから名乗らない。ここに書くこともXで何かいうことも本名を伏せて行っていることすべて〝まだ俺になる前の俺にしか言えないこと〟でできている。だから、何かと名前にこだわったりしちゃうんだよね。それでひとを困らせてしまったこともあります。ごめんなさい。

でもやっぱり名乗らない言葉はただのノイズだ。ノイズはノイズでいいけれど、結局は名乗る覚悟をした上で言ったこと行ったことが重要だ。今は絶賛大学受験期間佳境編ですけど、自分で進路を決めるということ自体が、名乗ることと同じように自分を自分たらしめる覚悟の一種だと思う。名前と肩書き。朝井リョウの『何者』という作品にも「(就活について)今までは周りが小学生とか中学生とか私達の肩書きを与えてくれてたけどこれからは自分で肩書きを得なきゃいけないんだね。」なんてセリフがありました。

ありがたいことに私は大学受験の段階では金銭的な負担などが100%自分の責任なわけではない。でも、私がする行動やする選択に自分の肩書きが大きく左右されるという状況にいることは確かだし、ここまでの規模は私の人生で初めてだ。

そろそろ自分ではない自分の適当なノイズをぷかぷかさせているだけではいけない時期に入ってきたんだと実感する。それにはあまりにも覚悟が足りなすぎてヒーヒー言ってるのが現実だけど、ちゃんと始めなきゃいけない。もうこれから私が進んでいく場所は何者でもない自分ではいられなくて、自分の名の下にある自分の存在がないと進んでいけない。

そんなことを考えていたら3年弱前の太田光の言葉を思い出した。

考えてみれば、爆笑問題日芸で結成してるし、時速36kmも武蔵で結成されたバンドだ!ちゃんと名づけられる人でないと、良い大学生にはなれない。

 

名前をつけてやる 本気で考えちゃった

誰よりも立派で 誰よりもバカみたいな

(これはスピッツ